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十二単の変遷と汗衫 / 衣紋道高倉流の上巳の節句2017年03月15日朝香沙都子オフィシャルブログ「着物ブログ きものカンタービレ♪」Powered by Ameba・・・です。\r\n \r\n公家社会から武家社会へ政権が変わると、公家装束の文化は簡略化の一途を辿ります。十二単は重ね袿の上に直接唐衣と裳をつけただけ・・・
衣紋道入門at衣紋道高倉流たかくら会 東京道場2011年10月13日朝香沙都子オフィシャルブログ「着物ブログ きものカンタービレ♪」Powered by Ameba・・・ー×美しいキモノの共催講座である衣紋道高倉流の1日講座へ十二単(五衣唐衣裳)の着装、束帯の説明、太刀、平緒の着装、袿袴(道中着姿)の着装、受講生も・・・
琉装してみた♬ 日本の技 展 後編 / 2019年秋 沖縄の旅 その32019年11月17日朝香沙都子オフィシャルブログ「着物ブログ きものカンタービレ♪」Powered by Ameba・・・@@; 赤いドゥジン(胴衣)を紫の紐で抑えて 紅型の表着を着付けて、紫の紐に表着の襟袖を捲り上げて挟み込みます。 袿袴の道中着のお服上げ、壷装束の・・・
長崎巌先生によるお話「華やかなる小袖の歴史」/きもの学公開講座2010年11月18日朝香沙都子オフィシャルブログ「着物ブログ きものカンタービレ♪」Powered by Ameba・・・昨年のパーティーでの写真よりきものの原型である小袖の歴史は、平安時代から。貴族階級が着用した大袖(袍、下襲、唐衣、袿など)の袖口が大きく開いていた・・・
「元服」人生行事と数々の装い「源氏物語講座」at有職文化研究所2011年09月15日朝香沙都子オフィシャルブログ「着物ブログ きものカンタービレ♪」Powered by Ameba・・・訳「桐壺」からの抜粋のところ「それまでの“赤い袍"のご装束を成人の“黄の袍に"~中略~“白い大袿"にご衣裳一揃いは…・・・
市松の謂れ / オリンピックを楽しむ装い / 栗山工房 帯のお誂え その22019年08月21日朝香沙都子オフィシャルブログ「着物ブログ きものカンタービレ♪」Powered by Ameba・・・ 意匠としては飛鳥時代からあり、公家装束では「霰(あられ)」文様として、主として表袴の地紋としてつかわれています。袿や唐衣にもつかわれます。「石畳・・・
葵祭 路頭の儀 女人列 at 京都御所建礼門前観覧席 / 2013年 京都葵祭 その52013年07月24日朝香沙都子オフィシャルブログ「着物ブログ きものカンタービレ♪」Powered by Ameba・・・王代の女人列がつづきます白丁が花傘をさしかけているのは、高位の女官もしくは高官の妻女です。●命婦(みょうぶ)● 小袿(こうちぎ)、単(ひとえ)、打・・・
五衣唐衣裳(十二単)を着装してみた / ふたあいの会 at 衣紋道高倉流東京道場2016年12月02日朝香沙都子オフィシャルブログ「着物ブログ きものカンタービレ♪」Powered by Ameba・・・といわれます。身分の高い人に仕えるものが着装した正装なのです。身分が高い中宮(定子や彰子)は寛いだ装いが許され「小袿」でした。これが「小袿」。身分・・・
夏の直衣・小袿 at 衣紋道高倉流たかくら会 その32012年07月05日朝香沙都子オフィシャルブログ「着物ブログ きものカンタービレ♪」Powered by Ameba・・・様は三重襷です。この指貫の雲立涌のルーツはパルメット文様からというお話もありました。塩山文様を元につくられた夏の小袿に濃色(こきいろ)の幸菱文様の・・・
「伊勢神宮展」御遷宮の装束と着装(束帯と明衣の着装実演)2010年10月23日朝香沙都子オフィシャルブログ「着物ブログ きものカンタービレ♪」Powered by Ameba・・・はその伝統を残しています。ちなみに皇室の女性は、明治の欧化政策から正装は洋装、昭和20年までは和装の場合は袴着用(袿袴のことだと思われます)だった・・・










