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光り川 ―創作(11)―2007年01月04日kunifurutone118のブログ・・・ていた。〈了〉(参考文献)『新編武蔵風土記稿』雄山閣『砂山・その周辺覚え書』関口啓助編『利根川の歴史』金井忠夫著『冨田勝治論文集 羽生及び附近の諸・・・
羽生城の落日 ―羽生城はどんな歴史を辿ったか?(2)―2007年01月02日kunifurutone118のブログ・・・生きる望みを失って自ら果てたとも伝えられている。※画像は東谷天神社(古城天満宮)境内に建つ羽生城址碑です。参考文献冨田勝治著『羽生城 -上杉謙信の・・・
羽生城はどんな歴史を辿ったか?(1) ―新年のご挨拶―2007年01月01日kunifurutone118のブログ・・・信じられていた。また源長寺に武田信玄の高札が所蔵されていることからも説は乱れ、一定した通史を持たなかった。しかし、冨田勝治氏の研究により、羽生城は・・・
田山花袋も目にした“曼陀羅堀"は? ―羽生城外堀―2006年12月29日kunifurutone118のブログ・・・た城であることが窺えます。ちなみに、建福寺の前を南北に通るこの堀を羽生城の外堀と言い出したのは、おそらく郷土史家の冨田勝治先生が初めてです。それ以・・・
上杉謙信が起こした重大事件は? ―永禄3年(2)―2006年12月28日kunifurutone118のブログ・・・べきか(織田信長が好んだ「敦盛」)参考文献花ヶ前盛明著『上杉謙信』新人物往来社岡田正人著『織田信長総合事典』雄山閣冨田勝治著『羽生城 ―上杉謙信の・・・
「奥州記」あとがき ―羽生弁と人―2006年12月20日kunifurutone118のブログ・・・目〉須川高原温泉 ↓達谷窟 ↓厳美渓 ↓古戦場(レストラン) ↓一関IC ↓東北道 ↓羽生IC ↓羽生図書館 ↓(冨田勝治先生宅)最後までおつき合・・・
旅の最後に見たものは…… ―奥州記(22)―2006年12月19日kunifurutone118のブログ・・・お世話様でした」と、両手一杯のお土産と荷物を抱えて、お迎えの車の中に消えていくのでした。ぼくと郷土史家のAさんは、冨田勝治先生の許を訪ねることにし・・・
“藤原紀香・陣内智則"と埼玉県北のささやかな接点は? ―神戸―2006年12月04日kunifurutone118のブログ・・・に決してメジャーな人物ではありませんが、郷土の歴史を現代に伝えています。※画像は本文と特に関係ありません。参考文献冨田勝治著『冨田勝治論文集』私家・・・
川端康成たちが過ごす羽生の夜は? ―羽生館(2)―2006年12月03日kunifurutone118のブログ・・・)埼玉県北の田舎町にやってきた3人の小説家に、羽生の人々は噂し合ったのでしょうか。ちなみに、ぼくの師で現在98歳の冨田勝治先生はこのとき29歳。そ・・・
埼玉県北から見る“太閤記"は? ―小谷落城―2006年11月28日kunifurutone118のブログ・・・描かれるのでしょうか?炎と共に信長の夢が潰える瞬間はもう間もなくです。参考文献岡田正人著『織田信長総合事典』雄山閣冨田勝治著『羽生城 ―上杉謙信の・・・
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