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“羽生城"へ行きませんか?(6) ―城主は誰か?―2008年07月15日kunifurutone118のブログ・・・。意味は違えど、その発音に何となく親近感を感じてしまう。(続く)『上杉憲政文書の研究 ―とくに花押を中心にして―』冨田勝治(『群馬県史研究』第十二・・・
“羽生城"へ行きませんか?(5)2008年07月14日kunifurutone118のブログ・・・最初の画像は建福寺前を通る曼陀羅堀(フタがしまっている)。 羽生城の外堀に比定される。『一色直朝入道月庵について』冨田勝治(「埼玉史談」第三十巻第・・・
“羽生城"へ行きませんか?(4)2008年07月13日kunifurutone118のブログ・・・城は失われた城であり、幻の城と言える。(続く)『赤城神社への願主両将とその祖先』(菅原左衛門佐為繁・木戸沙弥休波)冨田勝治(『群馬文化』二〇八号掲・・・
“羽生城"へ行きませんか?(3)2008年07月12日kunifurutone118のブログ・・・集まった。城跡を巡る前に、羽生城がどんな歴史を辿ったのか、僭越ながら約2時間ほど講義させていただいた。本来ならば、冨田勝治先生の仕事である。ぼくの・・・
“羽生城"へ行きませんか?(1)2008年07月10日kunifurutone118のブログ羽生城研究者の“冨田勝治"先生が亡くなった。しかし、羽生城の歴史そのものが消えたわけではない。先生の長年の研究の成果は、これからずっと生き続け・・・
追悼 冨田勝治先生(追記Ⅲ) ―クニのウラ部屋雑記(16)―2008年07月09日kunifurutone118のブログ冨田先生のお墓は正覚院というお寺にある。そこは先生の菩提寺でもあり、また研究のきっかけとなったお寺だ。先生がまだ10代だった頃、境内の鐘楼に吊り下がって・・・
追悼 冨田勝治先生(追記Ⅱ) ―クニのウラ部屋雑記(15)―2008年07月07日kunifurutone118のブログ冨田勝治先生の最後の弟子。ときどき人にそう言われる。確かに、ぼくは最後に末席に加えさせてもらった者かもしれない。ただ、ぼくは弟子である前に、一人のファン・・・
追悼 冨田勝治先生(追記Ⅰ) ―クニのウラ部屋雑記(14)―2008年07月06日kunifurutone118のブログ羽生城研究家の“冨田勝治"先生が亡くなったのは2008年4月17日。亡くなってから3ヶ月が経とうとしている。埼玉県郷土文化会が発行している「埼・・・
追悼 冨田勝治先生Ⅶ ―クニのウラ部屋雑記(12)―2008年06月28日kunifurutone118のブログ先生はもっと生きたかっただろう。「これで充分」と思うことはなかったに違いない。白寿のお祝いで撮った写真が葬儀場の入り口に飾られていた。その写真を撮った数・・・
追悼 冨田勝治先生Ⅵ ―クニのウラ部屋雑記(11)―2008年06月28日kunifurutone118のブログ・・・が冨田先生の家に窺うときの、Sさんの30年もの挨拶だったという。その光景が思い浮かんで、ぼくは思わず涙がこぼれた。冨田勝治著『羽生城 ―上杉謙信の・・・
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