- 季刊 三千里の検索結果
- すべて
ブログ記事
- 人気記事
10件中 1-10件を表示
- 『行基』から(金達壽とは-25)2024年06月04日安部南牛 | 朝鮮文化資料室・・・年の12月に移住している。金達壽の58歳の時から書き始めた『行基の時代』は『季刊三千里』誌への連載であった。77,78,79の三年間は金達壽の時代小説の・・・
- 成奎昌『南北の死角情報』(朝鮮研究-157)2024年05月05日安部南牛 | 朝鮮文化資料室・・・なかで金日成思想を学ぶことが一段と強化された年であり、契機として金達壽等は『季刊三千里』誌の刊行を準備している。その最中の出版は時宜を得ていた。朝鮮総聯・・・
- 『日本近世初期における渡来朝鮮人の研究』(朝鮮研究-177)2024年05月16日安部南牛 | 朝鮮文化資料室南牛は『季刊三千里』にて、加賀の火矢所、加賀の細工所に就いて日置謙の著作に依拠して書いた。1991年に金沢大学から、加賀藩を中心にした朝鮮人の活躍を掘り・・・
- 金日成とは、(金達寿-20)2024年05月04日安部南牛 | 朝鮮文化資料室・・・よりも『玄海灘』の方が日本では知られている、くらいの感じで受け止めていた。『季刊 三千里』誌の発行が始まってから、「戦後しばらくは金日成を知らなかった」・・・
- 『佐々木更三の歩み』(朝鮮研究-143)2024年04月20日安部南牛 | 朝鮮文化資料室・・・更三に拘っていたからだ。拘る理由に日大卒という学歴があろう。そして金達壽が『季刊 三千里』誌の刊行に立ち上がった背景に佐々木更三の大きく存在していた。そ・・・
- 金石範『民族・朝鮮・文学』(朝鮮研究-112)2024年03月08日安部南牛 | 朝鮮文化資料室・・・範の作品からは伺えない。この『民族・朝鮮・民族』は1976年の刊行である。『季刊三千里』誌が刊行された翌年に刊行されているから、当然金石範は『季刊三千里・・・
- 『朝鮮事情』(朝鮮研究-87)2024年01月29日安部南牛 | 朝鮮文化資料室・・・理由の解明、心を解き明かすことは難儀だろう。安宇植と討議を重ねたかったが、『季刊三千里』誌のあとに、『青丘』誌が刊行されるようになると安宇植は南牛を避け・・・
- 『軽金属工業誌』(朝鮮研究-92)2024年01月31日安部南牛 | 朝鮮文化資料室・・・籍を無視するから「拉致問題」を究明できない。帰国運動から拉致発生への過程で『季刊三千里』誌が刊行されている。問題の根は、救う会の幹部連中の不勉強にあるい・・・
- 姜在彦(在日-214)2024年02月03日安部南牛 | 朝鮮文化資料室季刊三千里の発行に加わった在日で終生、南牛を友として下さったのは尹学準ただ一人であった。ただし尹学準は私よりも先に金達壽と距離を置いている。そして途中か・・・
- 『朝鮮学校の戦後史』(朝鮮研究-64)2024年01月21日安部南牛 | 朝鮮文化資料室・・・入れることを決定する。(内密に)金達壽たち慶尚道、全羅道出身の在日文化人は『季刊三千里』誌の刊行に走る。南牛は「NHKに朝鮮語講座の開設を要望する会」の・・・