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追悼 冨田勝治先生Ⅱ ―クニのウラ部屋雑記(8)―2008年06月22日kunifurutone118のブログ冨田先生はいつもニコニコ笑みを浮かべる人だった。人の悪口は決して言わず、諍いがあれば自ら折れるタイプだったと思う。葬儀の席で遺族の方たちと先生の思い出話・・・
追悼 冨田勝治先生Ⅰ ―クニのウラ部屋雑記(7)―2008年06月22日kunifurutone118のブログ羽生市広報の「おくやみ」にその名が載っていた。「冨田勝治 99歳」ぼくはその人を先生と呼んだ。70歳も年の離れた先生だった。いつかこんな日が来るかもしれ・・・
“隠れ神社"へ行きませんか?(5) ―K神社―2008年06月19日kunifurutone118のブログ・・・のだろう。大々的に紹介していいのか悩むところなので、ここでは「K神社」と表記させていただく。ぼく自身、郷土史家の“冨田勝治"氏の論文を読・・・
“隠れ館城"を探しませんか?(2) ―葛浜氏館Ⅱ―2008年06月17日kunifurutone118のブログ・・・はっきりしないし、実在したかどうかもわからない曖昧な館なのだ。地元の人に訊いても誰も知らなかった。のちに郷土史家“冨田勝治"氏から、その・・・
“隠れ神社"を探しませんか?(4) ―諏訪神社―2008年06月16日kunifurutone118のブログ・・・厚く、2度の上洛に一緒に従ったという。その行平が神戸に館を建て、本当に住んでいたのかは定かではないが、郷土史家の“冨田勝治"氏はその館跡・・・
“ムジナもん"と遊びませんか?(30) ―羽生市立図書館―2008年06月15日kunifurutone118のブログ・・・ot;を題材にした評論・伝記 400字詰原稿用紙換算枚数77枚○「羽生のひと」 “羽生城"とその研究者“冨田勝治"氏を描いたも・・・
“隠れ館城"を探しませんか?(1) ―葛浜氏館Ⅰ―2008年06月12日kunifurutone118のブログ・・・を仄めかしている。その館とは一体どこにあるのだろうか?葛浜氏がここに住んでいたのか定かではないのだが、郷土史家の“冨田勝治"氏は「萬蔵院・・・
クニのウラ部屋雑記(2)2008年06月05日kunifurutone118のブログ・・・謝しています)私事で恐縮なのだけど、羽生城や古墳を題材に使うようになったのは24歳以降で、郷土史家や羽生城研究者の冨田勝治先生と出会ったのも、その・・・
戦国時代、武将は“古墳"をどう見たか? ―広田直繁の判物―2008年05月12日kunifurutone118のブログ・・・の中では木戸忠朝が羽生城主とあるのに、広田直繁が何者だったのか長い間わからなかったのです。それを明らかにしたのは“冨田勝治"氏という郷土・・・
なぜ“岩瀬金山"と呼ばれているのか? ―金山庵(2)―2008年03月26日kunifurutone118のブログ・・・方で、かつて小高い土地になっていたという。その金山城勢の在陣によって、いつしか「岩瀬金山」と呼ばれるようになった。冨田勝治氏によると、岩瀬河原の戦・・・










