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“羽生城"へ行きませんか?(3)2008年07月12日kunifurutone118のブログ・・・集まった。城跡を巡る前に、羽生城がどんな歴史を辿ったのか、僭越ながら約2時間ほど講義させていただいた。本来ならば、冨田勝治先生の仕事である。ぼくの・・・
“羽生城"へ行きませんか?(1)2008年07月10日kunifurutone118のブログ羽生城研究者の“冨田勝治"先生が亡くなった。しかし、羽生城の歴史そのものが消えたわけではない。先生の長年の研究の成果は、これからずっと生き続け・・・
追悼 冨田勝治先生(追記Ⅲ) ―クニのウラ部屋雑記(16)―2008年07月09日kunifurutone118のブログ冨田先生のお墓は正覚院というお寺にある。そこは先生の菩提寺でもあり、また研究のきっかけとなったお寺だ。先生がまだ10代だった頃、境内の鐘楼に吊り下がって・・・
追悼 冨田勝治先生(追記Ⅱ) ―クニのウラ部屋雑記(15)―2008年07月07日kunifurutone118のブログ冨田勝治先生の最後の弟子。ときどき人にそう言われる。確かに、ぼくは最後に末席に加えさせてもらった者かもしれない。ただ、ぼくは弟子である前に、一人のファン・・・
追悼 冨田勝治先生(追記Ⅰ) ―クニのウラ部屋雑記(14)―2008年07月06日kunifurutone118のブログ羽生城研究家の“冨田勝治"先生が亡くなったのは2008年4月17日。亡くなってから3ヶ月が経とうとしている。埼玉県郷土文化会が発行している「埼・・・
追悼 冨田勝治先生Ⅶ ―クニのウラ部屋雑記(12)―2008年06月28日kunifurutone118のブログ先生はもっと生きたかっただろう。「これで充分」と思うことはなかったに違いない。白寿のお祝いで撮った写真が葬儀場の入り口に飾られていた。その写真を撮った数・・・
追悼 冨田勝治先生Ⅵ ―クニのウラ部屋雑記(11)―2008年06月28日kunifurutone118のブログ・・・が冨田先生の家に窺うときの、Sさんの30年もの挨拶だったという。その光景が思い浮かんで、ぼくは思わず涙がこぼれた。冨田勝治著『羽生城 ―上杉謙信の・・・
追悼 冨田勝治先生Ⅴ ―クニのウラ部屋雑記(10)―2008年06月26日kunifurutone118のブログ・・・70歳も年の離れたぼくたちが2人で出掛けたのは、その行田市郷土博物館主催の「忍城主成田氏」が最初で最後となった。『冨田勝治論文集 ―羽生及び附近の・・・
追悼 冨田勝治先生Ⅳ ―クニのウラ部屋雑記(10)―2008年06月24日kunifurutone118のブログ・・・を見つめている。両日ともその姿勢は変わらなかった。しかし、11月4日が先生と一緒に聴いた最後の講演になってしまう。冨田勝治著『館林・太田・足利・羽・・・
追悼 冨田勝治先生Ⅲ―クニのウラ部屋雑記(9)―2008年06月23日kunifurutone118のブログ・・・斎だったのではないだろうか。死んだあとのことはわからないが、49日を迎えるまで先生はずっとそこにいた気がする……。冨田勝治著『北関東中心 享徳文明・・・










