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“ムジナもん誕生10周年記念in松原通り"へ行きませんか?2013年03月17日kunifurutone118のブログ・・・り、その名も「ムジナもん誕生10周年記念in松原通り」である。松原通りは旧道だ。行田や鴻巣へ向かう道が伸びている。冨田勝治氏の研究によれば、この通・・・
2月16日、羽生城と忍城の攻防が繰り広げられる?2013年02月04日kunifurutone118のブログ・・・コツと回を重ね、500回を記念して開かれるものだ。この史談会が主なテーマとしているのは“羽生城"。亡き“冨田勝治"先生を筆頭に・・・
中手子林に羽生城の“支城"があったのか? ―古城―2013年01月20日kunifurutone118のブログ冨田勝治氏の研究では、羽生市中手子林に「古城」と呼ばれる羽生城の支城を比定している。「古城」や「丈(城)野」の呼び名と、地形からその可能性を指摘している・・・
人生は、何事かを為すにはあまりに短い? ―コトノハ(27)―2013年01月19日kunifurutone118のブログ・・・るほど時の流れは速くなるわけだ。確かに、10代や20代よりも時の進みは速い気がする。25歳のときに出会った95歳の冨田勝治先生は、ぼくのおよそ3倍・・・
成人した羽生城主は“三宝荒神御正体"を奉納した?2013年01月13日kunifurutone118のブログ・・・新編相模風土記稿』によれば、羽生城主大久保忠隣が小田原城主を兼務したとき、三宝荒神を羽生から移したという。しかし、冨田勝治氏の研究では、北条氏政に・・・
年末年始は“埋もれた城"めぐり? ―子ども学芸員(71)―2012年12月25日kunifurutone118のブログ・・・回ったときが一番楽しかった気がする。年末年始にも自転車を走らせ、利根川の土手でひと休みしたとき、開いた『羽生城』(冨田勝治著)の新世界感は忘れられ・・・
恋するお地蔵さまも戦争にとられた? ―子ども学芸員(66)―2012年11月04日kunifurutone118のブログ・・・その梵鐘は江戸時代に造られたものがほとんどで、一番古かったのは、慶安元年(1648)造の祥雲寺にあったものだった。冨田勝治氏の羽生城研究のきっかけ・・・
羽生で飛び交う“ホタル"は絶景だった? ―はにゅう萌え(73)―2012年09月20日kunifurutone118のブログ・・・成長期に自然環境は大きく変わったのだろう。羽生の町場に「城沼落とし」と呼ばれる悪水路がある。堀は深いが水は少ない。冨田勝治氏の研究によると、羽生城・・・
羽生の喜右衛門さんは何をした? ―子ども学芸員(39)―2012年08月22日kunifurutone118のブログ・・・は、羽生城が自落しても謙信の元には帰らしい。そのまま羽生に残り、帰農。盛秋は今泉村に館を構え、そこに居住していた。冨田勝治氏の研究によると、「外の・・・
足利尊氏が“木戸氏"に安堵した場所は?2012年06月07日kunifurutone118のブログ・・・だろう?実は、元徳4年(1332)に木戸宝寿丸という人物が、足利尊氏から木戸郷を安堵されている(「上杉家文書」)。冨田勝治氏の研究によると、宝寿丸・・・










