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- 井伊家の一本槍☆1991年06月02日げむおた街道をゆく台徳公(徳川秀忠)御上洛の時、彦根城を御旅館になさるとの由を御沙汰につき、井伊直孝は将軍家を敬うあまり、家中の妻子家族を皆近郷へ立ち退かせた。この事を・・・
- 天下普請☆1991年06月02日げむおた街道をゆく・・・ハメにすらなったという。 『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。 こちらもよろしく→ 井伊の赤牛、井伊直孝 ごきげんよう! ・・・
- 安藤重勝の加増☆1991年06月01日げむおた街道をゆく井伊直孝の家来・安藤重勝は、大坂の夏の陣で、木村重成を討ち取る手柄を立てた。そこで褒美として五百石を加増された。 しかし重勝は、「敵の一軍の大将を討ち・・・
- 軍陣の作法を、心得ておるわ☆1991年06月01日げむおた街道をゆく大坂夏の陣の折、徳川家康と秀忠の両御所は、伏見城の舟入の櫓に渡御して、軍の進む様子を見ていた。この時、井伊直孝の旗奉行である孕石豊後と広瀬左馬助の二人・・・
- 赤備えの心構え☆1991年06月01日げむおた街道をゆく・・・通り越し、呆れて帰った。 『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。 こちらもよろしく→ 井伊の赤牛、井伊直孝 ごきげんよう! ・・・
- 小袖☆1991年06月01日げむおた街道をゆく大坂冬の陣のこと。 井伊家で物見に出ていた2名がにわかの大雨に合い、ずぶ濡れになって帰ってきた。 それを聞いた井伊直孝は、自分が着ていた小袖2枚を脱い・・・
- どうして、昼寝などしていたのですか☆1991年06月01日げむおた街道をゆく大坂の陣の折、ある人が井伊直孝の陣所に見舞いに行くと、直孝はその直前まで昼寝をしていて、乱れ髪の体にて出てきた。その人は、尋ねた。「直孝殿は、昼夜の心・・・
- 軍略の秘訣とは☆1991年06月01日げむおた街道をゆく井伊直孝は、大坂の陣に際して、配下の老軍師・兵庫に、助言を求めた。「お前は軍略に優れていると聞く。そこで今度の戦について、何か言っておきたいことはない・・・
- 滅びの兆し☆1991年05月31日げむおた街道をゆく・・・を振舞われ、溜り醤油を足して味を調えれば味良くならんと言って、吊し上げを食らった井伊直政。 その息子、夜叉掃門こと井伊直孝が、上野白井藩1万石の大・・・
- 倹約☆1991年05月31日げむおた街道をゆく井伊直孝が、始めて彦根に入った時、まず彼が命じたのは、倹約の徹底であった。 手始めとして家臣一同、絹の着用が禁止され、みな木綿の羽織を着るようになった・・・